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[クラシック・ニュース 2017/1/3〜 1/9]
2017年1月4(水)
CD紹介:《大田黒元雄のピアノ−100年の余韻−》
《大田黒元雄のピアノ−100年の余韻−》 《大田黒元雄のピアノ−100年の余韻−》
  • .グリーグ:『抒情小曲集』第3集より第6曲「春に寄す」
  •    2.ドビュッシー:『子供の領分』より第5曲「小さな羊飼い」
  •    3.ゴダール:『魔法のランプ』第1集Op.50より第2曲「牧神」
  •    4.フォーレ:無言歌Op.17より第1番.
  •    5.山田耕筰:『若いパンとニンフ(5 つのポエム』
  •    6.マクダウェル:『森のスケッチ』Op.51よりT.「野ばらに寄す」、IV.「秋に」
  •    7.スコット:『詩曲集』よりU.「魂の共感の庭」、III.「鐘」
  •    8.スコット:『エジプト』より「エジプトの舟歌」
  •    9.スクリャービン:『24の前奏曲』Op.11より15.レント
  •    10.スクリャービン:『4つの前奏曲』op.33よりNo.1,No.2,No.3
  •    11.スクリャービン:『2つの小品』Op.57~T.欲望、II.舞い踊る愛撫
  •    12.プロコフィエフ:『束の間の幻影』Op.22
  •    13.ラヴェル:『マ・メール・ロワ』

演奏:青柳いづみこ(P)(1〜4,6〜11,13)、高橋悠治(P)(5,12,13)

録音:2016年3月29〜31日、6月14日 東京、杉並区立大田黒公園記念館

会社:コジマ録音
番号:ALCD7200
定価:2800円

今から100年ほど遡る1914年イギリス留学から帰国した大田黒元雄は、ロンドンで体験した音楽生活を糧に日本の音楽評論の草分けとして活躍した。1917年には東京・大森の自宅に1900年製のスタインウェイ・ピアノを購入して音楽サロンを開き、堀内敬三や野村光一、菅原明朗など音楽好きの熱血青年らが集まって、当時ヨーロッパ最先端の音楽に浸った。

その後大田黒邸は現在では大田黒記念公園となっている杉並区に移転したが、旧邸に収められていたスタインウェイを用いて当時の音楽状況の再現を試みたのがこのCDである。

グリーグ、ラヴェル、フォーレ、スクリャービンなどはもちろん最前線の音楽だったわけだが、ここで山田耕筰をはじめとして、ゴダール、マクダウェル、スコットなどの小品もどこか郷愁を呼び覚まされる。まとまった曲としてはプロコフィエフの「束の間の幻影」があるが、これは彼がロシア革命を避けてアメリカへ亡命の途上立ち寄った日本における大田黒との交流を象徴する作品であり、またラヴェルの「マ・メール・ロワ」はプロコフィエフが訪れた大田黒邸で弾いてみせた曲だという。

演奏はいずれも丁寧で細部まで実に磨き抜かれているのは、このようなCDにはもったいないほどの内容である。高橋が弾くプロコフィエフも精緻で新鮮だが、青柳と高橋のデュオによるラヴェルはこの作品の微笑ましい側面を十分に表現している。

なおレコーディングはかつて大田黒邸の書斎兼音楽室であった部屋で行われたので、音の響きは直接的にすぎ、ペダルを踏む時の床音も聞こえるなどのハンディがあるが、それもまたこの企画の一つの意図でもあるのだろうか。いずれにしてもいろいろな意味で100年前の昔を偲ぶことが出来る貴重な録音である。

野崎正俊(音楽評論家)

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2017年1月4日(水)
東京音楽通信〔207〕  2016年12月
嵐のように

リュカ・ドゥバルグ ピアノ・リサイタル ―― 長くピアノから遠ざかっていた青年が、ある演奏をきっかけに音楽に戻り、あれよという間にスターダムにのし上がる――小説のような話を地でいくドゥバルグが、センセーショナルなクレーメルとのデュオに続いて再来日(12月1日、浜離宮朝日ホール)。

この日はプログラムに後から追加されたスカルラッティのソナタ(ハ長調K132)で始まりました。装飾的なフレーズ、即興的な音の動きの一つ一つに、はっきりとした陰影を施していきます。一見、気ままだけれど、きっちり計算されている。

これをすぐにモーツァルト「ソナタ第8番」に続けると、乱反射するようなスカルラッティの音の輝きが一つの流れへと凝集される効果がでた。その流れにははっきりと句読点がつき、音の硬軟のコントロールも自在。かなりの個性派です。続くシューベルト「ソナタ第14番」では、第一楽章のスケールの大きな音楽作りやフィナーレの強烈な表現など、ヴィルトオーゾぶりが加わっていきました。

本領発揮は後半2曲。CDのメトネルも凄かったけれど、この日のシマノフスキ「ソナタ第2番」は嵐のよう。轟々とうねる左手の上に、右手のオクターブが稲妻のようにきらめく。まるで地球が誕生したころの原始の大気(見たことないけど)。とにかく低音から高音域まであらゆる音が同時に鳴っている。第二楽章はリズミカルなテーマで始まるけれど、すぐに第一楽章のような音の多い混沌としたテクスチュアに。そこから一瞬空白をおいてフーガ主題に入るところは、ものすごい切れ味だった。

この後、すかさずプロコフィエフ「ソナタ第3番 古いノートから」。ど迫力でメカニックに押していく。アンコールはセンス抜群のジャズ・ピアノ。飼い慣らされていない野生味を感じさせる演奏スタイルは、さらなるセンセーションを巻き起こすかも。



鮮やかなタクトの先に

シャルル・デュトワ指揮NHK交響楽団第1852回定期演奏会 ―― 毎年12月はデュトワの月。去年はパスしたものの、足を運んでもまず裏切られることがないので、今年は楽しみにして出かけました(12月16日、NHKホール)。

この日はデュトワお得意のモダン・プロ。まずはブリテン「四つの海の間奏曲」。相変わらず鮮やかなタクト裁きで、四つ目の間奏曲、嵐の場面は変拍子を身軽にドライヴした後、一呼吸おいてからクライマックスにもっていく。お見事。

続いてワディム・レーピンが登場し、プロコフィエフ「ヴァイオリン協奏曲第一番」。レーピン、昔は巨漢というイメージがあったのですが、すらっとしました。ところが音楽のほうもずいぶんさらっとしたというか、つるっとした演奏で、どうもひっかからず、曲の世界に入り込めない。次の「ツィガーヌ」(ラヴェル)になるとがらりと変わって雰囲気たっぷり。洗練されたエキゾチシズムが、色とりどりのオーケストラのパレットの上で咲き乱れる。

次のオネゲル「交響曲第二番」では、現在のN響弦セクションの充実ぶりを、心いくまで堪能しました。ホモフォニックに動くところではハーモニーが綺麗にでてくるし、対位的なところとか、異なるリズムが層状に重なっていくところでは多声テクスチュアが透明感をもって浮かび上がる。重さを抱えながらも強い意志で進んでいく第二楽章も素晴らしい。長い葛藤の後に訪れるラストの解放感にはじんときました。

もうすでにデュトワのマジックにかけられたようなものですが、最後の「ラ・ヴァルス」では術にさらに深く酔いしれた。押しと引きの中で柔らかく呼吸する音楽が、極彩色に輝く。貫禄の演奏に脱帽。



若さに似合わぬ…

ヤクブ・フルシャ指揮東京都交響楽団第822回定期Aシリーズ ―― この秋よりノットの後任としてバンベルク響の首席に就任し快進撃の続くフルシャ。昨年末はウィーン・デビューで振られてしまったので2年ぶりの登場(首席客演なのに)ですが、都響もよく耐えた(12月19日、東京文化会館)。

この日は前半にマルティヌー「交響曲第五番」。第一楽章などオケがとてもクリアでカラフル。不協和音程も綺麗に鳴って、しかもしっかり解決する。第三楽章の前半では弦が深く歌っていました。そんなに落ち着いたテンポでもないのに厚みもあって、オケの進歩でしょうね。

後半はショスタコーヴィチ「交響曲第10番」。フルシャってイメージでいうとボヘミアですが、今回はあえてチェコもの(Bシリーズ)ではなく、「へー、こういうのもやるんだ」っていう選曲の面白さでこちらを選びました。でも、これは先入観かもしれないけれど、このタコ10もなんとなくボヘミアっぽかったです。朴訥に歌う渋い木管が。第一楽章で引きずるような主題がファゴットに、それからクラリネットにでてくるんですが、それがからっと鳴って、Bシリーズの曲「巨人」が思い浮かびました。フィナーレも木管が際だっていたし、カーテンコールでフルシャが丁寧に立たせたのも木管群。管楽器の歌を大事にしている。

かなり長大な第一楽章も、テンポをうまく切り替えだれない。なかなか魅力的な造形力です。それに年不相応の落ち着きというか貫録で、巨匠の演奏を聴いているような気分に。第二楽章アレグロの完璧な縦の揃い具合は日本の楽団のお家芸と言ったらいいのか、その一糸乱れぬ進撃ぶりは非の打ち所なく、笑っちゃうくらい完璧でした。


江藤光紀 (音楽評論)

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